avobe 5 photos, by N.Kawamura
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ハガニア散歩 @グアム
2011年05月27日

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陽射しは強く、湿度多め。雨期を目前に控えた5月下旬、ぼくはバスを乗り継ぎアガニアショッピングセンターまで行った。この日の目的はバガニア地区の散歩。まずはチャモロ文化に触れること。そして、スペイン→日本→アメリカと、歴史の中で「強国」に翻弄されたグアムの地を確かめ歩くこと。何より、今現在、グアムの政治・経済を担う、行政の中心部であるこのエリアに触れること。そんな感じで、ビーチだ、ゴルフだというグラムっぽさを放棄して、「らしい」グアムを探りに、バガニア地区を歩いた。

ノーサングラス、ノー麦わら帽子、ノー日焼け止め。南国の陽射しに「丸焦げ」になったぼくの首や腕は、これを記している時点で皮がめくれている…(ちなみに)。

タコベルにビザハット、カプリチョーザまであるショッピングセンターから歩いて、通りすがりの米兵にラッテストーンの場所を聞く。と、「ほら、向こうに見えるビッグチャーチの近くだよ」と教えられ。元気に歩き始めた。押しボタン式の横断歩道を知らずにずっと待ったりしながら。。。シンボリックなものは米兵の言ったビッグチャーチ、聖母マリア教会。その横に、スペイン統治時代の総督邸があった廃墟とスペイン広場。緑の葉とオレンジの花。青い空と白い教会。なんとも素晴らしい光景だった。スペイン提督婦人がチョコレートドリンクでもてなしたという「チョコレートハウス」は、大きさといい、形といい、屋根といい、何とも茶室感覚の絶妙なバランスで、個人的に大好きだ。
そのスペイン広場からラッテストーン公園に行くまでの間に、学校のような、政府機関系の建物?があって、子供や大人が廊下を歩いている。真っ青な空の下で、星条旗がはためいていた。教師だか職員だかが、給料をもらうために?窓口に並んでいた。そんな光景も、ぜんぶ「のんびり、、、」していた。こう暑いとそうなるか、とも思ったり。
さてラッテストーン。これは高さ1.5〜2メートルの並んだ石柱。ハリギと呼ばれる石柱に、タサと呼ばれる頭石(キャップストーン)がのったこけし型の石。それが何本も並んでいるので、ストーンヘンジよろしく宗教的な意味があるのか?とか、いや単純に高床式住居の土台だ、とか。なぞめいた遺跡だ。

ラッテストーン公園の横に、第二次世界大戦の頃、日本軍の命令によって現地人が作った防空壕があった。スペインの統治下を終えると、今度は日本軍が入ってきたのだ、ここには。防空壕の中まで入っていくと、ひんやりした。と、ここで、本日一度目のスコールが来た。

ショッピングセンターからラッテストーン公園まで。距離にすればそうないが、雑貨屋を覗いたり、細い道を入ったり、所々で右折左折を繰り返している内に、随分と疲れていた。その疲れた身体に鞭を打って、アプガン砦に向かう。ツアー客がバスでしゅ〜っと登ってくる坂道を、ひたすら歩く。右手に芝生のきれいな敷地、そこに黄色い建物があった。政府系の建物だな、とカメラを向けないようにする。本当に長い坂道だった。そして、雨がさーっと降ったのに、一向に涼しくならない。暑い、喉が渇いて、もはや痛い。そうやって登った砦。アプガンからの長めは最高だった。レプリカの大砲が3台。そこは展望台で、ハガニア市街やハガニア湾が一望できた。風も、すごく心地よかった。

アプガン砦から坂道を下って海の方へ。チャモロ・ビレッジがある。途中、芝生の敷き詰められた橋、サン・アントニオ橋を渡る。

チャモロ・ビレッジは、確かにチャモロの食べ物や、個人的に気に入った人型マークのグッズがあるが、もはや「作られた」エリア。魅力薄だと思い、ぼくは「自由の女神」を目指した。パセオ公園と呼ばれるエリアにそれはある。人工の半島で、中には立派なスタジアムがあった。サード側のフェンスが破れていたので、そこから中に入ってみた。ペプシなんかの広告が外野フェンスにあって、う〜ん、アメリカンな光景だと。歩いて、歩いて、ようやく到着した自由の女神。小さい、、、小さすぎる。お台場の自由の女神の方が見応えがある。しかも、白い像の顔には、髭と目玉と眉毛が。これは落書きか?にしては「きっちり描かれているぞ」と。ま、どちらにしても、風がきつかった。

潮風で、髪の毛もバシバシ。来るときに目を付けておいた店で、チャモロマーク(勝手にそう呼んでいる人型のシンボル/上の黄色いポストカード)のカードや、木製の皿なんかを買って、終了。サンダルの鼻緒で、足が痛かった。