会津若松市から車で1時間。冬の間は雪で休業するこちらの美術館は、
山の中に現れる宮殿のよう(中世の馬小屋をイメージしたらしいですが)。
美術館の名前の前に「サルバドール・ダリ コレクション」を
付けるほどダリに特化した美術館だ。

公式ホームページには、
「ダリのコレクションにおいては、ダリ美術館(アメリカ・フロリダ)、
ダリ劇場美術館(スペイン・フィゲラス)、ソフィア王妃芸術センター(スペイン・マドリード)に
つづく規模であり、アジアで随一のダリ所蔵美術館」と記されている。

確かに、とにかくダリの世界観にどっぷりと浸れる美術館だ。

中でも彫刻が素晴らしい。

さて、今回の展覧会は、神話や古典をダリをはじめとして
様々な芸術家がどう理解し、表現したかを見せてくれるもの。

最初の部屋は〈神話と聖書の世界〉。
ダリの作品群の中に、ピカソとボナールの作品が1点ずつ配置される。
入口前にある「テレプシコーレに捧ぐ」というブロンズの彫刻は、
女性らしい曲線の横にロボットのような直線の2体が並び、
それが表裏のようになって面白い作品。

展覧会のシンボルにもなっている「アルゴス(孔雀)」は、
羽に複数の瞳のようなものがある華やかな構図の下部に、
残虐にも首を切られ出血する人を置いている。

「オリンピアのゼウス像」という絵は赤い影が印象的な直線的な作品。
くっきりとした色と配置は「ビキニの3つのスフィンクス」で完成されたか。
個人的には、「宇宙象」という彫刻が好きだ。
無重力なので細くなった足が長く、とても軽やかに見える。

昇っていくミルククラウンが印象的で、
天に吸い込まれるような「反陽子的聖母被昇天」、
抽象的で必要最小限の表現なのに威力のある「聖三位一体と三司教」が続く。
パブロ・ピカソの「戦士」という作品は、
泣いているような目が印象的で、
ピエール・ボナールの「水浴する女達のいる森の風景」のぼんやりした絵と対照的だ。

次の「愛の術」ではダリの作品がすべてを占める。
この連作は、あまりダリのイメージにないやさしい色使いが興味深かった。
ちなみに、これらの絵が、1976年に描かれたことに(私の誕生した年)、
なんだか昔の人という印象からぐっと身近になった。

「不貞を犯したメネラオス妻」は中央の女性のデッサンの生々しいラインが素晴らしく、
「アポロン」は、これぞダリというバランス、紺色の影。
「ヴィーナス」は、どこか男性のようなラインが印象的だった。
ぼやけた馬と、作品下部の男が印象的な「戦いの中で見出した愛の喜び」は好きな一枚だ。

そして、ダリが描いた(挿絵)物語の世界へと。
第一の部屋は「神曲」。
これまでの神曲のイメージをくつがえした挿絵が並ぶ。

左手と足がぐんと伸びた「地獄篇 第五歌 ミノス」や、
ダリっぽさを感じる「ケルベロス」、
個人的には「三人の復讐の女神」が大好きだ。
彫刻の「ベアトリーチェ」は、後ろに回ってみてドキッとする作品だった。

次に「ドン・キホーテ」の挿絵シリーズ。
アニメ的で構図が見事な「原子力時代」、
大きな×のようスミとリアルな馬が風車にたたきつけられるような「風車への攻撃」、
くるくるのらせんで浮かび上がった「ドン・キホーテ」。
「ワイン樽」は血のイメージ=ワイン、
「部屋で読書するドン・キホーテ」は薄く淡い緑の宇宙をイメージか。
頭の中の世界が見事だった。

最後は「カルメン」。
オペラ カルメンを見たダリが描いた「カルメンの肖像」は
口元と左目が何かを語っている。
「ハバネラ」は恋の世界観が素晴らしく、
酒場の客たちがうごめく「闘牛士の歌」、
ギターおとこのシルエットとスイカが印象的な「闘牛場外、果物屋」、
スペインらしい配色の闘牛場の前で、
愛して殺すという殺人を見事に描いたシルエットの「カルメンの死」と続く。

ダリのミューズ、画家が愛した女性たちという部屋には6枚のダリの絵が並ぶ。
どれも素晴らしかった。
「画家の母の肖像画」は目力が強く、
「日没大気の寓話」はダリっぽいくっきりした色と輪郭、雲も空も女性も。

幾何学的な構成と繊細な線描のデッサンで
やさしい顔を浮かび上がらせる「アナ・マリア・ダリの肖像」は
鉛筆でできる表現の奥深さを感じる。

頭に乗ったロブスターと、鼻が飛行機になっている
「ガラとロブスターの肖像」は面白くも愛を感じる作品だった。

部屋を出て、長い廊下のような展示室にずらりと並ぶ彫刻をみる。
この彫刻たちが、最もダリを感じたし、
とても長い時間があっという間に過ぎた。

名作「記憶の持続」。
枝に干された〈時計〉というダリのシンボルを眺める。
「白鳥=象」はイメージというかアイデアに宇宙を感じ、
神秘的で空気の流れを感じる「雨後の隔世遺伝的遺物」、
そして個人的に一番好きな「宇宙的ヴィーナス」へと続く。
上下でスパッと切られてスライドされたビーナスは、
いったいどうやって〈浮いている〉のか不思議だった。
何しろ女性の柔らかなラインが美しい。

羽根をもつカタツムリと天使が見事なバランスの「かたつむりと天使」、
足にはハイヒールを履き、アームレストには腕がのびる
金色の真鍮椅子「レダ・アームチェア」、
根を張る人が不動に見える「天使のヴィジョン」や
軽やかなポーズを決める「不思議の国のアリス」。
「キリンのヴィーナス」は非常に面白いバランスで首が伸び、
胸からの飛び出る引き出しが印象的。
曲線をこれだけ見事に彫刻し、
炎をかっこよく表現した「蝶と炎」。
内臓と顔が空洞になり、重りをぶら下げた
「ニュートンに捧ぐ」など、一つ一つの彫刻から、
このブロンズ像たちから、美しさも面白さも宇宙も奇天烈もアイデアも、
とにかくため息ばかりが漏れる作品が並ぶ。

最後は、横幅約4m、高さ約3mの大作「テトゥアンの大会戦」。
ソフィア王妃芸術センターでゲルニカを前に数十分、
隅から隅まで凝視した時を思い出すように、
作品の中に点在する「数字」を追いかけ、
空想のようなリアルのような動物たちを見、
そして、ダリや妻のガラを探したりしていると、
地面を見失い、浮遊するような錯覚に陥った。

とても繊細で、だからこそ大胆で、どこまでも丁寧に、
勢いや気持ちをコントロールしながらノーコントロールに魅せる芸術を、
気づけば数時間、夢中に体感した。

ダリは言う、
「シュルレアリスムとは?」という問いに、「私自身だ」と。

なんとも贅沢な空間だった。


















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HISTORIA Mythological and Stories Theme in the Art
ヒストリア~神話と物語の世界~

@諸橋近代美術館
2022年5月3日(火)