サハラ以南
2006年5月27日

 サハラ以南――
 なんとなく「エイズ」を考えるとき、この言葉が頭をよぎる。アフリカ大陸にあるサハラ砂漠。それよりも南の地域(国)にエイズが多いという感覚。なんとなく、である。そもそも、エイズ(AIDS)というのは「後天性免疫不全症候群」と訳され、HIV (Human Immunodeficiency Virus)、ヒト免疫不全ウイルスに感染した人が、潜伏期間を経て発病した病気をいう。感染して間もなく、風邪に似た症状が出るが、そのままにしておくと治ったかに思える「なにもない期間」がしばらく続く。その間に、HIVウイルスが身体中で増殖し、免疫機能を低下させるのだ。現在、決定的な治療法はなく、確実に死ぬ病気である。

 そんなHIV感染者及びエイズ患者は、昨年(2005年)の統計で、世界中に4000万人以上いると言われている。そして、その感染者のうち、実に60%以上が、このサハラ以南に集中しているのだ(エイズ予防情報ネットより)。なんとなくインプットされたぼくの感覚も、この現実に起因するところが大きい。

 先日、このHIVウイルスが、カメルーンにすむチンパンジーのサル免疫不全ウイルス(SIV)から人間に感染したという研究発表がなされた。カメルーン。サハラ砂漠より南に位置する国だ。さらに、1959年、人間初のHIV感染例として確認されたコンゴも、カメルーンに近い。「エイズ」、原因も発生もサハラ以南にあったか、と「遠い国」の話として安心したりする自分がいる。

 が、他人事ではない。
 
 トリインフルエンザやBSE、もっと言えばイラク戦争やイラン問題などであまり前には出てこないが、このHIV感染者がかなりの勢いで今、増えているのだ。どうせ欧米の若者が麻薬の注射器を使い回したり、東南アジアの娼婦が多いんでしょ、と、ここでも「遠い」ことと感じてしまうかもしれない。しかしこれは、日本での話だ。昨年一年間に報告されたHIV感染者とAIDS患者の数は1000件を初めて超えた。その感染ルートも、以前は、非加熱血液製剤の注射によるなど、他の国(地域)とは別の原因であったが、昨年の報告では異性間・同性間の性的接触がそれぞれ約24%と約64%で、全体のおよそ88%をしめている。傾向として20代・30代の男性が多いという。もちろんこの数には日本国籍と外国国籍の人が含まれているが、確実に言えることは、HIVというウイルスが日本に「ない」わけではないということで、その確率が、たとえば感染者の多い他国に比べて多少低いという「だけ」のことである。

 公立の高校でコンドームを配ったというアメリカからのニュースを聞き、へぇ〜と驚いていたのは、たった5、6年前の話。それぞれの国で対応策は違う。深刻な状況にあるサハラ以南では、貧しさのために幼いうちから身体を売る少女たちがおり、女性の感染率がずば抜けて高い。また、男性優位の社会的条件から、女性が避妊具の使用を言いだせないという状況も考えられる。東南アジアにおいても、同じような状況下で感染してしまうことが多いという。また、欧州や南米のように麻薬がらみの感染ルート根絶には、各々の政府が対策に乗り出している。

 日本は、どうか。まだまだエイズとは遠い存在だろう。さすがにもう、空気感染だのキスでうつるだの、無知なことをいう人はいなくなったが、それでも、自分の周りに実際に感染した人がいるというのは希である。

 だけど思う。それは分母の問題か?と。つまり、明日、自らに陽性反応が出てしまったとする。その確率は1000分の1ではなく、1分の1なのだ。つまり、一人しかいない自分に起こった出来事。確率ではとらえられない。確実にHIVウイルスは「近所」に存在しており、それに感染してしまうのは、感染者が多い少ないと単純に考えられるはずもない。つまり、少々強引に言ってしまえば、ものすごく希であっても、感染する確率がゼロ%でない限り、ぼくらのいるこの地域も「サハラ以南」なのだ。そのぐらいの注意が必要である。そして、もっと必要なのは、あまりにも深刻な地域や国に対して、「近づかない」ようにするのではなく、その地域に生まれ育つ人たちの、新たな感染を、その人にとっては1分の1である最悪な状況を、少しでも減らすよう協力することだと思う。

 この世界はすべて、「サラハ以南」にあるという現実を受け止め、根絶に向けて何か行動を起こさなければならない。



→ essay top