宇宙旅行
2010年04月12日
砂漠を、氷床を、険しい山々を、草原を、湿地帯を、はたまた大海原を。そんな大自然を目指す時、「冒険(アドベンチャー)」という言葉を使う。逆に、ヨーロッパの街並みやアメリカのエンターテイメントなどは、ガイドブック片手に歩き回る、いわゆる「旅(ツーリズム)」だ。そんなツーリズムが、宇宙と結びつき、スペース・ツーリズムなんてことが現実的になろうとしている。

「人類の次なるグレートジャーニーは、他の惑星に行き着く時だ」といったのはフランスの考古学者ボルドーだったか。グレートジャーニー。アフリカで誕生した人類が、数百万年の時を経て、南米大陸の南端に辿り着いた壮大な旅路まで(つまり他の惑星に人類が行き着くまで)は、まだまだ先の話になるだろう。しかし、太平洋を横断する前の遣唐使や、大航海時代前の帆船旅行の、そんな「第一歩」の段階まで、私たちは宇宙空間の中に踏み出したのではないかと、かなり大袈裟にそう思ってみたりもする。

リチャード・ブランソン率いるヴァージン・グループの一つ「ヴァージン ギャラクティック社」が、来年2011年に宇宙旅行の運行開始を予定している。高度110kmを越えて4分間の無重力体験をするというサブオービタル旅行(詳しくはwords内)。ブランソン氏は、自身の著書の中で「宇宙旅行が特別なものではなく、もっと気軽なものになり、一握りの特別な人たちだけのものではなくなることが先決」という趣旨のことを述べている。この宇宙旅行の費用は訓練費なども含めて一人200,000USドル。日本円にして換算レートにもよるが2,000万円弱となる。まだまだ「特別な人たちだけのもの」ではある。が、それは費用面だけで、「宇宙飛行士」だけの宇宙が、旅行者もいける宇宙としたところの意義は大きい。国家予算ではなく、民間企業のアクションという点でも、さすがはブランソン氏だな、と思う人も多いだろう。

宇宙飛行士ではない宇宙旅行者。2010年の今、世界では大富豪達8人がすでに経験している。2001年、映画のタイトル通り宇宙への旅を果たしたデニス・チトー氏は、ロシアの宇宙ロケット「ソユーズ」で国際宇宙ステーションに滞在した。高度300kmの遙かなる旅だ。今、日本人が初めて2人以上同時に滞在していることでも話題になっている国際宇宙ステーション。そこに、「特別な」宇宙飛行士ではなく、旅行者が入ったことになる。では、今回のヴァージン・ギャラクシー社の旅と変わらないではないかという人もいるだろう。そうとは言えない点は、チトー氏はあくまでも宇宙飛行関係者で、大富豪にプラスαの要素が実現させたのだ。その後も、南アフリカやイギリス、ハンガリーなどの大富豪が旅したが、それもやはり「特別な人達」だった。ハワイ航路が憧れだった時代、日本人にとってのハワイよりも、もっともっと遠いのが宇宙旅行だったと言える。

それに対して、ヴァージン・ギャラクシー社の宇宙旅行は、予約販売して「席」を売るという歴とした「ツーリズム」なのだ。かつて、ブリティッシュ・エアウェイズの航空運賃に対抗して立ち上げたヴァージン・アトランティック航空が、十分な安全の上に「お手軽さ」を売りにして成功したように。そして、なにより「空の旅を楽しむ要素」をふんだんに取り入れた同航空会社のように、慣例に捕らわれないサービスがこの宇宙旅行でも期待できる。

「ヴァージンってレコード会社やモバイルフォンの会社でしょ?宇宙旅行なんて出来るの?」という危惧は、元々スペースシップTを造り上げた技術的に高いアメリカの企業と協力して、ヴァージン・グループに取り入れた所からも、とても現実性がある。改良を重ねたスペースシップは、2機の機体に引っ張られて、母体だけが大気圏ギリギリでロケット噴射して宇宙へと飛び出していくという構造。漆黒の宇宙と真っ青だろう地球を大きめの窓から眺める4分間の旅。それが、この宇宙旅行だ。先月、テストフライトを終え、今後、数回にわたり入念なテストフライトを繰り返しながら運行開始に向かうという。

4分間の旅。人それぞれに価値観の違いはあるだろう。カップラーメンにお湯を入れて、じ〜っと眺めているとなかなか出来上がらない。3分間はとてもじれったく長く感じる。が、他のことをしていれば3分なんてあっという間で、すぐに伸びてしまう。この4分間。他のことをする人もいないだろうから、たかだか4分と感じるよりも、きっと「長く」感じられるはずだ。あとは、それに2,000万円が出せるかどうかになる。日本では、いつも斬新で面白い旅を提供してくれる(個人的にはそう思う)クラブツーリズム社がこの旅を売る。この会社が得たファウンダーシート(2名分)はすでに売り切れたという。あとは、100名分用意されているという他の会社から席を買うか、6名分の席を買い取る貸し切りフライトで旅立つしかない。今度の連休、有給休暇を絡めてアフリカか宇宙にする。そんな選択肢ができる時代を想像するだけで、私はとても楽しい。

ガイドブック片手のツーリズム。宇宙旅行のためのガイドブックは、すでに何冊か出版されている。「地球の歩き方」ならぬ「宇宙の歩き方」(ランダムハウス講談社)。それよりももっと宇宙旅行者のために書かれた「宇宙旅行ハンドブック」(文藝春秋)などだ。後者の中には、「宇宙旅行の持ち物リスト」なるものがあり、そこにはデジカメやビデオはもちろん、切手やコインを持って行って「宇宙を旅した80円切手」とか「5円玉」なんてお土産もいい、なんてことが書かれている。

遠いし怖いなんて宇宙旅行に尻込みするのは、「行ってしまえば海外旅行は容易」という感覚にすらなるのかもしれない。昔、玄関口は「ポート(港)」だった。それがあっという間に「エアポート(空港)」になり、それが近い将来「スペースポート(宇宙空港)」(詳しくはwords内)になるかも知れない。考えるだけで、なんだか楽しい。宇宙船のチケットだけとって、向こうに行ってからの宿は現地で探す。そんなたくましい若者は、バックパックを背負って旅するんだろうか。はたまた、重装備を機能的に軽量化して、シュラフやテントを持って「挑む」登山家よろしく、火星や土星に挑む人たちが出てきたりして。そんな時は、パタゴニアやグレゴリーなんかが、酸素ボンベやら宇宙服を開発して、無菌下着から始まるレイヤーを重ねていっては、「え!?2010年頃って、こんなでかい装置をつけて宇宙空間に飛び出してたの?」なんて驚かれる日がきたりするんだろうか。カルチャーショックを受ける感覚で、他惑星人と交流したり、地球人がもっと進んだ「文明」に触れて、それを受け入れる過程で今の常識が崩れたりするんだろうか。そこまでいくとSFだな、と自嘲するが、そんな遠い遠い未来の第一歩、「座席」を売り、売れ行きがよければ増便するという「旅行」形態が、宇宙空間へ飛び出そうとしていることに、私は、本当にわくわくしてしまう。



→ essay top