僕にとって、外国人の中に「飛び込む」という意識が非常に強い。

出国する日本人の数が1,000万人を超えて久しく、昨年、2004年度の出国者数は1,683万人、26.6%増であったらしい。今年、SARSも鳥インフルエンザも戦争もなければもっと増える見込みだという。GWの日並びの良さに海外旅行は久しぶりの大盛況という記事も読んだ。

一方、外国から日本に来る人の数は、出国者数の半分どころか、三分の一にも満たないという状況が続いている。冒頭の、外国人の中に「飛び込む」という僕の意識も、そういうことから出来上がったものだ。つまり、普段の生活、電車やバス、スーパーなどで、外国人に会うことが本当に少ない。

このアンバランスをなんとかしようと、政府は「ビジット・ジャパン・キャンペーン」を繰り広げている。台湾、中国、韓国などに、修学旅行生への日本渡航ビザ免除や、愛知万博期間中のビザ免除特別期間の設定、さらに受け入れ体勢(インフラや宿の部屋数など)などにてこ入れを行った。これが功を奏したのか、昨年の入国者数は、過去最多の613万8千人、前年比で17.8%だったという。国別に見ると、最も日本を訪れた外国人は韓国人で、二位が台湾人。三位のアメリカ人についで四位が中国人だったという。目標は、外国からの入国者を1,000万人にしようというもので、半分を超えたという段階である。

ふと、昨年、京都を訪れた人の数が4,500万人であることを思い出す。これはもちろん、ほとんどが日本人だ。外国人をわざわざ呼ばなくても、旅行好きなニッポン人だけを相手に商売しても、十分に成り立つではないか、という本音が聞こえてきそうである。温泉宿や食べ物屋では、外国人に対応するための設備投資にまで手が回らないとか、文化や習慣の違いに対応しきれないという悲鳴さえ聞こえる。だから、、、と二の足を踏んでいる所も多いだろう。

特別に何かをする必要はあるのだろうか。
これはあくまで、外国人が相手だからという際の問題においてである。例えば、標識やメニューが読めない。これについては、僕自身もロシアやモンゴルを旅した時に痛感した不便だ。が、だからといって嫌になるわけではない。「これ何?」と聞いた時、答えてくれようとする態度が、嫌か好きかの分かれ目で、例えばもし、外国人が日本に来て、その「態度」から嫌だと感じるなら、これはあまりにも悲しい。箸で食べる、靴を脱ぐ。これら最低限の習慣を拒絶し、強引に振る舞う外国人などそういない。のに、過剰に心配して、疲れてしまうのは損だし無駄だ。

彼ら、外国から日本に来る人達もまた、「飛び込んできている」のだから、それを受け入れ接する姿勢は大切にしたい。「目があえばすぐそらすのがニッポンジンだ」なんて、外国人と話しているとよく耳にするが、目があったら、意味なんてなくてもニコッと笑えばいい。その後で、英語や中国語で質問されたり、頼られたりすれば、日本語でゆっくりと対応すればいい。ただそれだけなのだ。

いつか、外国人の中に飛び込むという時代から、身近にいつもいるという時代へ。ビジット・ジャパンとは、つまり、そういうことを意味しているのだと思う。とにかく来てよ、そして見ていってよ、と言いたい。政治的にどうとか、体制の違いや過去の戦争がどうとか。デモとか投石とか不買とか領土問題とか。そういう、ニッポンって結構少ないことが分かってもらえるといいのに。


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ビジット・ジャパン!

2005年4月10日