魅力ある再生へ
2010年01月24日
日本航空の倒産。先週、このニュースが大きなインパクトをもって流れた。会社更生法の適用を申請した大型倒産としては、リーマン・ブラザーズ証券、協栄生命保険、千代田生命保険に次ぐ4番目の規模。負債総額は2兆3221億円という。金融系を除けば戦後最大規模の倒産だ。航空会社の倒産としても、デルタ航空、ユナイテッド航空に次いで3番目(朝日新聞より)。これらのデータから、日本航空がいかに大企業だったかと驚きさえする。その企業を「国」が税金で助ける。それもマックス3年という短期間で。大きな柱は黒字化経営であり、従業員のリストラや不採算路線からの撤退を断行するらしい。
そんな近未来に、少々の不安を持つ。そぎ落として身軽になった日本航空が、航空会社の、一種独特な「あこがれ」に近い魅力を持つことができるのだろうか、と。
1951年に設立された日本航空は、1954年に初の国際線を飛ばし、長年にわたり国内唯一の国際線路線を持つナショナル・フラッグキャリアの地位を確立した。半官半民の「ゆるさ」が「強さ」となっていた時代、世界中の都市とリンクし、1983年には定期輸送実績で世界一にも輝いている。その2年後、1985年8月、御巣鷹山に日本航空のジャンボ機が墜落。これは単体の旅客機が起こした墜落事故としては史上最悪の520人死亡という大惨事となった。その後、1987年の完全民営化、2001年の日本エアシステムとの経営統合など、日本航空は大きな節目をむかえていく。が、その間も、蓄積した「ゆるさ」や「高コスト体質」、国政との癒着としがらみなど、きちっとした形でクリアできないまま、ずるずると経営を続け、2001年の9.11、それに続くSARSや世界同時不況、そして昨年からの新型インフルエンザなど、利用客数の減少に赤字が膨らんだ。
2006年、前年から続く安全性への不安や社内抗争が取りだたされ、派閥に関係の少ない西松社長が就任する。西松改革は、待ったなしの中で数々断行された。全日空が国際的知名度の無さを克服すべくスターアライアンスにいち早く加盟したのに遅れること8年、ワンワールドに加盟。さらに、リストラも進めた。現場を歩き回る社長として、西松イズムは徐々に日本航空社内に浸透していったが、最後まで苦しめられたのは「親方日の丸世代」のプライドと高コスト、退職者への年金、さらには増えすぎた国内空港への赤字路線の持続という、国政や地方自治体とのしがらみだった。あまりにも「大きく」なりすぎて、なかなか動けない巨大企業の実態を皮肉にも明らかにする結果となった。
昨年の政権交代。これが今回の「倒産」に大きく影響を与えたことは間違いない。それまでの自民党政権なら、ふくらみ続ける赤字も、見えないところで帳尻を合わせ、「ずるずる」と経営を続けていただろう。
ゼロからのスタート。前原大臣は会社更生法申請と同時に開いた記者会見ではっきり言い切った。これから、最大でも3年以内に黒字を出す企業にする。そのためのスタートだと。新たに、京セラという異業種から社長を迎え、社内のムードを刷新する、と。
航空業界は今、大きく二つの流れがある。一つは、ロー・コスト・キャリア(LCC)と呼ばれる格安航空会社の台頭だ。点から点への「移動」を重視し、出来る限りサービスを絞って運賃を安くするという手法だ。主に短距離路線(日本からならアジアが主)に絞ってその効果が期待されている。ヨーロッパでは、シェンゲン条約内をまるで国内線のごとく移動できることもあり、安い運賃で運行するLCCは伸びている。アメリカ国内でも、これだけ暗いニュースが多い最中、サウスウエスト航空は好調だ。そしてもう一つの動き。これは主にロング方面(日本からならアメリカやヨーロッパ)で高級化が進む。全日空の発表した新ビジネスクラスのサービスは度肝を抜いた。座席前面のタッチパネルから、好きな時間に好きな機内食や飲み物がオーダーでき、座席は全てが通路側。フルフラットのシート。エコノミークラス席とビジネスクラスの間、プレミアム・エコノミーが好調だったことから、本腰をいれて国際線の高額シートの開拓に乗り出した。エミレーツ航空やエティハド航空など、中東系の高級キャリアが成田に就航するのも、この動きの一つといえる。
その中で、日本航空はどちらにも振り切れない状況に追い込まれるのではないか?
格安航空会社並に運賃を下げることは不可能だろう。かといって、思い切り高級志向に「戻す」こともリスクは高い。結局のところ、オープンスカイ協定を利用したコードシェアやスカイチームに移行するとみられるアライアンスのネットワークを使って、効率性を高めつつ、〈なんでも自社で賄う〉というこれまでの古い体勢に終止符を打とうとするのだろうが。そうやってできあがった日本航空は、全日空とはここは違うという明確な特徴が打ち出せるのだろうか。今のところ日本航空の代わりを全日空が果たすのは規模的に不可能だ。だからこそ国も躍起になってこの会社を再生させようとしている。しかし、これから先は分からない。メガキャリアが2つも存在するほど日本には「市場」があるのか、国内線の過当競争の末、無駄は生じないのか。旅客輸送、物品運送という分野で航空会社が果たせる役割はどれほどの規模が妥当なのか。需要と供給のバランスを見ながら、適切なサービスが求められる。そこで、だ。「いまあるモノ」を削るだけ削って収支目標だけを達成しようとすると、大きな「戦略」から取りこぼされる気がする。一番大切なのは、どうせゼロからスタートするなら、「いまは無い価値(魅力)」をつける新たな展開ではないだろうか。異業種の、それも常勤ではないトップの下で、何ができるか。不安は、旅客サービスという特異性に加え、絶対的条件である安全性だ。そこに「効率化」だけを追い求めることはできない。が、逆にまったく新しい展開を生み出すことは、異業種からの新しい風だからこそ可能になるかも知れない。鹿児島から京都に出て、一代で世界に名の通る「京セラ」を築いた人物が、「このような状況下でもなお」再生のために名乗り出たことは大きい。何か改革を起こしてくれることに期待したい。そして、その大きな変革の中で、日本航空の社員が「本気」になって大きなうねりを起こし、今現在、誰も想像すら出来ない「形」に再生されることを願いたい。
結局、国が救う形になったのは事実だ。日本航空は、3度にわたり国から援助を受けたが立ち直れなかったのもまた事実だ。これが最後のチャンスというのも、過去の例から言えば怪しい。が、さすがに事実上の倒産という今回の状況は、「いずれは国が助けてくれる」というぬるま湯体質だといわれた日本航空の社員の中にも変化をもたらしただろう。こんな時だからこそ、10年先を見越した新規開発や大規模な付加価値サービスへの投資はリスクが大き過ぎるとしても、何か、日本航空らしい魅力ある再生の道を望みたい。あれもこれも全部無駄で、ぎすぎす縮小ムードになって「ぎりぎり」飛んでいるような会社にだけはなってほしくない。ぼく個人としては(そんな派があるかどうかは知らないが)ANA派だ。それは海外に行く機会が多く、アライアンスでマイルがたまりやすいことが最大の要因だ。そういう利点が、今までのJALには少なかった。それも先述の〈なんでも自社で賄う〉体勢というか、JALの下に子会社化して集約させようとした結果かも知れない。それが通用する時代は、もうとっくに終わっている。今は、多彩なサービスとリンクして広がっていくネットワーク。その窓口としてJALが存在できればその価値は見直されるはずだ。JALの機内だけで楽しめるNINTENDOのソフトがあったり、ユニクロのフリースを貸し出すサービスがあったり、UCCのスペシャルブレンドのコーヒーが飲めたりなど。ちょっとしたことでも、「だから私はJALに乗る」理由が一つでも多く提供できれば魅力ある再生は可能だと思う。
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