2026年5月、日本で劇場公開されたこの映画は、制作されてから13年もの月日が経っている。今、なぜ劇場公開なのか。正直、日本においてジェイムズ・ブッカーという人物は、有名ではない。にもかかわらず、ドキュメンタリー映画が撮られ、それを見た者を虜にするだけの「人物力」がある。
人としての魅力。冒頭のシーンで、ブッカーがピアノを弾いて歌う。それ以上に、彼の、笑顔に引き付けられた。これぞ、彼の持つ人としての魅力だろう。ピアノを愛し、ピアノに愛されながら、ドラッグに溺れ、自分の体を痛めつけた人生。彼の生きた時代には、まだまだ理解もすすんでいなかった同性愛者でもあった。
ピアノ・プリンス。その才能は、多くが認めるところだった。出てくるエピソードの数々が、ブッカーという人物の不安定さを物語っていた。定期的にステージに立っても、ぜんぜんひかない日もある。しゃべるだけの日もある。かと思えば、信じられないパフォーマンスで見る者を圧倒する日もある。そんなガチャポン的アーティスト。
これは、今のデジタル時代。創り手はパソコンの中でピコピコと組み立てている。それらを機械的に毎回、毎回、素敵に奏でる。のではないからこそ得られる特別感。ブッカー本人もインタビューで言い放っていた、「気まぐれが人を惹きつける」のだ、と。
映像としては、1970年代の前と後のニュー・オーリンズという街の雰囲気が実にいい。ニューヨークとも違う、ブッカーを有名にした欧米の都市とも違うモクモク感とでもいう感じの空気。音がはじけている。そこで、ブッカーは多くの時間を過ごした。特に、欧米で有名になり、レコードも売れたにもかかわらず、ニュー・オーリンズではなかなかいい仕事に巡り合えず、小さな箱のステージで、いつも健康状態は悪かった。酒とドラッグ。彼は、人間の底辺から最高の音を出したのだ。
ピアノの天才の演奏というのは、素人目に言えば、音の粒が大きいということ。特に、バラードになると、その粒の明確さと、跳ねるようなリズムとぶつかり合いがとても心地いい。それにもまして、ブッカーの魅力は声だ。歌として、効かせる力がある。全然違うが、個人的にどうしても結びつくのが矢野顕子さん。独学でピアノを奏で、唯一無二の声で、特別なリズムを奏でる。ブッカーの魅力に、似ている。
人間・ブッカーとして面白いのは、一度、酒もドラッグも止めて公務員になったことだ。びしっとスーツを着こなして、しっかりと働く。社会の一員になったという事実は、これもまた人物としての魅力だろう。
43歳という若さで天国へと旅立ったブッカー。この時代特有の、あぶなかっしく、身を削りながら、アートを極めた人物の一人だった。
劇場公開後、初の週末となった日に劇場で鑑賞した。恵比寿ガーデンプレイスではハワイの大規模なイベントが行われて、とても華やかで、その隅にあるシネマの小さな劇場には、年齢層の高い客が、結構な数、詰めかけていた。
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ジェイムズ・ブッカー
愛すべきピアノ・ジャンキー
Bayou Maharajah
2013年(アメリカ)
監督:リリー・キーバー
出演:ジェイムズ・ブッカー
ドクター・ジョン
ハリー・コニック・Jr.
チャールズ・ネビル