あれ?と思ったのが最初。地下鉄から出て見上げたサグラダ・ファミリアは、思ったよりも小さかった。世界中で教会を見てきた僕は、聞きかじる中で勝手にこの教会を、丼物でいうところの「大盛り」のように考えていた。
そこがそもそもの間違い。これは、同じ味をただ量だけました物とは違うんだ。見ればみるほど吸い込まれて行きそうな「技」と「仕掛け」を併せ持った宇宙なんだと。
サグラダ・ファミリア、日本語では聖家族教会。早々と投げ出した設計士の後を継ぎ、ガウディがこだわりぬいて具現化させようとした、そんな宇宙。或書物によると、今でも宇宙は広がり続けているらしい。そんな風にして、この教会も建設途中なんだろうか。空間は決まっている。大枠が出来ている以上、これ以上「広く」なることはない。が、この教会の、なんというか凝視すればするほど驚かされる妙技。うん、やっぱり宇宙だな。外観を眺めて、潰されてしまう細かい壁面彫刻の一つひとつをマクロに捉えると、本当のすごさが分かる。
美術の時間、ゴタゴタと絵の具を塗りたくっていると「そんなに同じ所を塗っちゃ駄目」と言われた記憶がある。ゴタゴタと塗りたくって、他にはない味を出したゴッホの絵も、また、ある。均整のとれた、どこかスマートなバチカンのサンピエトロ大聖堂、特徴を全面に出したかのようなモスクワの聖ワシリー教会。それらの要素を、うまく兼ね備えていることも、このサグラダ・ファミリアが宇宙だ、と言い切れる理由。何というか万物を包含している気がするから。「言い過ぎだろ」と思う人は、是非とも自分の目で見てみることを薦める。それも、平日の午前中。人があまり居らず、教会内部では仕事開始前のいっぷくをする作業員たちがのんびりした時間に。
外観の複雑な装飾に比べ、内部はがらんとした印象だった。それもまた、なんとなく宇宙だなと……。出来上がること(仮にそんなことがあるとすれば)、いったいどんな姿になるのか。それを建設途中で思うことも、またまた宇宙だ。
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