イタリア人の両親からギリシャで生まれたキリコは、
のちにドイツへ渡り大きく花開く。
ギリシャ彫刻、神殿、そして哲学。
いろんな要素を絵画の中に落とし込む彼の作風は、
ダリに大きな影響を与えたという。
「簡潔明瞭な構成で広場や室内を描きながらも、
歪んだ遠近法や脈絡のないモティーフの配置、
幻想的な雰囲気によって、日常の奥に潜む非日常を表した絵画」、
「形而上絵画」の作品群が多く並ぶ中、
印象的なのはマヌカン(マネキン)を描いた作品だ。
とてもシンボリックで特徴的なキリコの世界観に浸れる展覧会だった。
まずは、ここ最近増えている写真撮影OKの展覧会ではなく、完全に撮影禁止。
目録をもって、鉛筆を借り、作品について一言ずつメモを書いていると、
なんとなく、久しぶりな感覚に陥った。
自画像・肖像画から始まる。
イメージしていた作風とは違い、ちゃんとした?というか、
しっかりとしたタッチで落とし込んでいる。
が、背景がなんともキリコ的だった。
『闘牛士の衣装をまとった自画像』は、
古典的な印象が強く、ルネサンス期の世界観。
『鎧をまとった自画像』の色遣いは重く、
『自画像のある静物』は、構図が面白い。
部屋にかけられた作品が、自身の自画像の作品になっている。
キリコは、自分の作品をあとになって見直したり描きなおしたりすることが多く、
その分、一連性を持つ。
まるでナポレオンのような『17世紀の衣装をまとった公園での自画像』は、
顔のそっくりな弟を描いた『弟の肖像』から50年の時を経た描いたもの。
回顧している感じがよく表れている。
自画像と肖像画の次は、いよいよ形而上絵画へ。
まずは、形而上絵画以前のキリコの作品を並べる。
『山上への行列』は大好きな構図。
等間隔に上る人の群れが面白い。
『大きな塔』はかっこいい。
縦長のキャンバスのサイズ感もいい。
ぐーっと気持ちよく伸びる塔、背景のダークグリーン、そして内部の真っ赤。
素敵な作品だった。
『バラ色の塔のあるイタリア広場』は、右側で柱に見切れた馬の彫刻がキーになり、
全体をキリっとさせている。
そして、『イタリア広場(詩人の記念碑)』は、素晴らしい。
色使いといい、手前のごちゃごちゃと奥のすっきり感の対比といい。
そして、形而上絵画へ。
まずは室内を描いたものから。
デザインチックで黒板の表現が際立つ『運命の神殿』、
狭い部屋に古典(=地中海)を詰め込んだ『哲学者の頭部がある形而上的室内』、
そして最も好きな『ダヴィデの手がある形而上的室内』へと続く。
このダビデの手の再現と周りの雑多が実に見事。
今回の展覧会では、展示室の演出も面白い。
切り取った空間に、置く側の作品がちょうど見えるようになっていたり、
円と角が絶妙に絡み合ったりする。
その中を歩きながら、形而上絵画を眺めると、一気にその世界に入り込める。
角度の妙を描いた『球体とビスケットのある形而上的室内』を見ながら。
フロアを移動して、マヌカンの作品群へ。
マネキンをモチーフに描いた最初の傑作『預言者』は、
マネキンの姿勢の不思議を感じる。
『形而上的なミューズたち』は、明暗法が際立ち、
『ヘクトルとアンドロマケ』は動きのあるマネキンを描く。
動き出しそうなマネキンと言えば『機械人形』も同じで、
背景の空の色が水色で、明るい。
個人的には、『南の歌』が好きだ。
ギターを弾くマネキンの手が柔らかく、
動いている様子がより際立っている。
『不安を与えるミューズたち』は、マネキンの色がとても複雑な彩色。
『ヘクトルとアンドロマケ』(1970)は自撮り記念撮影のような構図で、
『詩人と画家』は、よく見るとすごく不思議な世界で中央にマネキン(人?)がある。
『オレステスとエレクトラ』はとても淡い色彩だった。
『ギリシャの哲学者たち』は、とてもふっくらしたマヌカンで人間的。
『神秘的な考古学者たち(マヌカンあるいは昼と夜)』は彫刻のような、
宮殿のような、とても不思議なマネキン。
『考古学者』は、華やかな衣装の内臓のような柄、
『谷間の家具』は屋外にある屋内を描く。
逆に『緑の雨戸のある家』は、屋内にある屋外風景を描く。
個人的には、『運命の春』は好きな一枚。
部屋の中に、大きな樹と岩と、大自然が描かれている。
『戦闘(闘牛士)』は、なんともコミカルで不思議で一体感のある群れが面白い。
フロアをさらに移動し、ここからガラッと作風が変わる。
キリコは、伝統的な絵画へと回帰していく。
『菊の花瓶』は、その変化を顕著にあらわしている。
構図が面白く、木と空の色の重なりが見事な『ローマのヴィッラ(騎士のいる風景)』、
手前のスイカがとても印象的な『鎧とスイカ』。
肉体はもちろん、髪の毛の色使いや波の表現が見事な
『横たわって水浴する女(アルクメネの休息)』、
女性たちの顔の色、表情が素晴らしい
『風景の中で水浴する女たちと赤い布』、
空と雲もかっこよく、
表情にドキッとさせられる『男性の頭部(ティツィアーノの原画に基づく)』など。
これ、キリコ?と、
作風のあまりの違いに驚く『パリスと馬』、
これはキリコ的だなと色使いや不思議な世界観に浸れる
『アキレウスの馬』、
そして、とてもリアルに描かれた『アレクサンドロス大王の上陸』は
好きな一枚だ。
「新形而上絵画」というセクションは、個人的に一番すきだった。
『オデュッセウスの帰還』は、
のび太の部屋でドラえもんがいろいろと繰り広げる世界のようで面白い。
コミカルでかわいい『オイディプスとスフィンクス』、
真っ黒塗りの馬と兵士が印象的で、
周りの配色が見事な『橋の上での戦闘』。
個人的に、この展覧会で最も好きな作品
『燃えつきた太陽のある形而上的室内』は、
左の太陽と右側の月、真ん中は神秘性と不安(の黒)があり、
手前で落ちている黒い月もいい。
窓の外の太陽が部屋に入ってきている『イーゼルの上の太陽』。
『ヴェネツィアのホテルの一室における神秘』は巧みな色味で、
『白鳥のいる神秘的な水浴』は手前の水が木目のような感じで、
不思議な歪みを持っている。
この展覧会は、絵画だけではなく、
挿絵などもあるが、もっと幅広く、
彫刻や舞台衣装までに及ぶ。
キリコを知るには十分すぎるといえる。
第二次世界大戦中に、キリコは彫刻に興味を持ち始め、
コミカルなマヌカンを中心に表現していく。
基本はブロンズを使って、その上に金メッキや銀メッキを施している。
『吟遊詩人』は超合金のような完成度の高さ
(つまり機械でつくったような完璧なライン)、
『ペネロペとテレマコス』は、
パッと見ただけで彼の彫刻だとわかる世界観、
『考古学者』は、シンプルとっ複雑、背中のラインが見事。
いろんな作品が、いろんな作風をもって展開されるので、
見終わった後の満足感は、非常に高い。
『燃えつきた太陽のある形而上的室内』(ポストカードより)
『ザ・タワー』(ポストカードより)
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Giorgio De Chirico: Metaphysical Journey
デ・キリコ展
@東京都美術館(東京)
2024年7月20日(土)