イギリスで定着した慣行「ギャップイヤー」。大学への進学を前に、入学の資格だけを取った若者が、1年間、「人生の隙間」として国内外でのボランティア活動や就業体験をするというもの。大学側は、入学延期を認めたり、その間の学費を免除したりするそうだ(朝日新聞より)。
卒業と入学の間に「ギャップ」のない日本の制度。その中では体験・経験できない多くのことがある。
その「隙間」の期間を「何もしていない」と評価されたりもする。
つまづいた。そんな風に表現してしまうこともある。
そうではないギャップイヤーという慣行に、
ぼくは今の日本にこそ必要な気がしてならない。
折しも、大卒者の内定率が下がり、日本の企業の中には大学卒業後数年間は新卒扱いとして採用する動きも出てきている。
隙間の期間で得られるモノ。
長い人生のほんの短い「隙間」。
それが大きく花開くか否か。それは個々人がどう生きるかによってくる。
イギリスの企業の中には、有益なギャップイヤー経験者はコミュニケーション能力が優れているという評価が定着しているそうだ。
やるべきこと(義務教育)とやりたいこと(就職)。その間にこそ体験し、経験し、自分のものにすべきもの。遠回りに見えても、無駄に思えても、それがどんな形になって後々の長い人生、役にたつか分からない。
山の頂上にいくには、いろんな「道」がある。
はやいおそいではない。
そんな使い古された言葉を
ギャップイヤーという慣行は見事に表しているように思う。
2011.02.06記