グランド・ゼロ。爆心地を表す英語。それがイメージさせる「日本語としての」意味というか。そこに強く引かれる言葉だ。
2011年、あのニューヨーク、ワールドトレードセンター崩壊から10年を迎える。今こそ、この言葉は世界秩序とこれからの未来におけるキーワードだと思う。
そもそもグランド・ゼロとは、広島の原爆投下地点を示している。原子力による核兵器。それが揺るがす世界のバランス。あの投下から半世紀以上経っても、まだごたごたやっている現実。抑止力などという言葉まで持ち出して、いまだ世界は「抜け出せていない」。
原爆と世界、という時代。
そして、2001年9月11日の同時多発テロ。あの日を境に「テロ」との戦いがここ10年キーワードだ。グランド・ゼロに立った世界の「未来」。
二つの意味を持つ、この言葉が、
例えば、テロと核兵器の結びつきなどを考え出すと、
抑止力なんてことが声高に言われるようになる。
殺人者を殺人をもって罰する世の中。
その、限界。
そう、限界を知ってもなお、グランド・ゼロの地点にいて「繰り返そう」としている時代に、【違った】未来の創造を。
そんな意思表示の合い言葉としてこそ、
このグランド・ゼロはふさわしいと思う。
2011年1月3日記