東野圭吾、伊坂幸太郎、池井戸潤。小説がよく映画化される作家の一人、吉田修一の作品を映画したのがこちら。監督、キャストともに、「悪人」の続編を思わせる。が、個人的には、悪人は好きでは無いが、この怒りは好きだ。

声に出して泣き叫んでも、どうしようもない怒り。を、抱える現代の青春や若者、家族など、いろんな「要素」を盛り込んで出来上がったのが、このお話だ。一家惨殺事件が東京は八王子で起こる。その犯人が、顔を変えて逃亡する。英国人を殺害し、日本全国逃げ回った市橋容疑者(これは本当の犯人)が浮かんでは消えしつつ、この映画も、舞台は東京(新宿・二丁目と歌舞伎町)、東京近郊の漁師町、沖縄の離島。

3つのストーリーが、一つの事件でリンクするが、結びつくわけでは無い。どの場合も、日常の中に新しい何か(誰か)が現れ、それに触れる中で日常と化していく。その、過程で観ているこちらの感情が、ぐるぐると渦巻く。男を相手に商売する女性がいて、その父親がいる。田舎町で噂にされても何も言わない父親の決意とあきらめ。男と男の恋愛も描き、普通の男女の恋と、男同士の恋が普通に流れていく。それぞれの中に生まれる、「恋」と「信頼」と「疑い」と「裏切り」。高校生の淡い恋を引き裂く、米軍のレイプ。その奥に隠された、人間の脅威。

この映画は、原作に則りながらも、描きかたが非常に巧みだ。素晴らしい。突き上げる感情は、怒りだけではなく、なんとも切ないシーンに自分を置き換えたりしても十分になりたつ。ホスピスで「生きる母」と「死にゆく母」を見て、看取った後で、「彼」は、死にゆく者だったと気づく。借金取り、基地反対、声が重なって、あまりにも重なって、とても静かな世界を描いているようにさえ思える。

信頼し、愛するそれぞれの出来事。「大切なものが多すぎる」人生。大切なものは、「増えるんじゃなくて、減るのだ」という遺言のようなそれ。

泣き叫んでも、なにも変わらない、怒りを抱きつつ、エンドロールへと向かう前、誰もが、泣き叫んでいた。



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怒り
2016年(日本)

監督:李相日
原作:吉田修一
出演:渡邊謙、森山未來、松山ケンイチ、綾野剛、広瀬すず、
   宮崎あおい、妻夫木 聡ほか