格安航空会社時代
2010年08月08日
格安航空会社時代が本格的に来る。そう聞いて、はて?と思う方へ補足する。これは「日本おける」ということだ。もっと言うと、アジアの猛烈な格安航空会社時代の風をもろに受け始める、と言ってもいい。(以下、数字やランクなど『東洋経済』を参照)
そもそも格安航空会社とは、ロー・コスト・キャリア(LCC)。一般的な航空会社(デルタ航空や全日空など)をレガシィ・キャリアと呼び、それと区別している。単一の機材を採用(ボーイング737やエアバス320など)して、乗務員訓練や部品など整備費を抑える。中・短距離を多頻度で飛ばして、機材稼働率を上げる。機内サービスを省略し、飲み物などを有料化する。自社システムのネットでチケットを直販し、旅行会社の手数料を省き、価格設定も柔軟に対応する。そして、発着枠の問題や高い着陸料を避けるため、第1空港には就航せず第2空港をベースにする。そういった対応で、低価格を実現するのがLCCだ。
数年前なら格安航空「券」とこんがらがることもあったかも知れない。が、さすがに今ではそんなこともないだろう。先述のように、チケットをまとめ買いしてバラ売りするチケットとは根本的に違うのだ。いってみれば、「飛行機」を長距離バスや深夜バス感覚で利用する「移動のための航空券」。それが格安航空会社の存在意義だ。
欧米ではとっくに格安航空会社の時代が来ている。アメリカのサウスウエスト航空は、アメリカ国内のみの運行ながら世界エアラインの時価総額ランキングで5位、取り扱い旅客数でいうと世界一を誇っている。広大なアメリカ国内をバス感覚で飛行機移動する。それをいちはやく始めた会社といえるだろう。チケットに座席番号はなく、自由席なので乗客の乗り降りに時間がかからない。着陸すれば、さっさと掃除し、すぐに出発する。格安航空会社の特徴でもあるこのことを徹底している会社だ。欧州では、アイルランドのLCC、ライアンエアや、イギリスのイージージェット。ヨーロッパは国際線でもEU圏ならアメリカ国内線の感覚で飛ばせる。距離が近いこともさることながらシェンゲンなど協定内なのだ。そんな欧米では、飛行機の競争相手が鉄道から長距離バスに変わった。それは、バス程度の低価格で航空券が売れるからだ。
言うまでもなく、「安かろう・悪かろう」というのではない。鉄道と飛行機が競っていた頃は、レガシィ・キャリアはサービスを「いかに省いて」価格を下げるかを考えた。が、長距離バスと競争する今、もともとのシステムからはどれだけ省いても限度がある。根本的に、航空会社としての骨組みを作り直す。それが、先述のLCCの改革だ。ビジネスクラスで優雅な長距離の飛行機旅。そんなひと昔前の「空の旅」はLCCにはない。レガシィ・キャリアに任せておけばいいという体だ。短い距離を、座席数を増やすためにシートピッチを縮めてでも詰め込む。狭くて、機内食や毛布もないが、安い。それが耐えられる距離(時間)であることが条件となっているとも言えるだろう。
さて、そんな欧米の風にのって、アジアでいち早く成功したのはマレーシアのエアアジア。1人を1km運ぶ運行コストが約2.3円とずば抜けて安く、マレーシア政府の規制緩和やクアラルンプールのLCC専用ターミナル(着陸料が安いなど)の設置で今やアジアとヨーロッパ間までエリアを伸ばしている。アジアで力を増している他のLCCに、親会社と完全に切り離した経営で成功したカンタス航空のLCC・ジェットスター航空や、シンガポール航空のLCC・タイガー・エアウェイズ、異業種(ビール・通信などの多角経営を行うUBグループ)を親会社に持つインドのキングフィッシャー航空などがある。
そして、最も注目されるのはやはり中国だ。飛行機を利用する人数が日本の総人口よりも多い大市場。中国のレガシィ・キャリアである中国国際航空は、世界のエアラインランキング時価総額で世界一だ(2位はシンガポール航空、3位がデルタ航空)。中国国内移動者のみならず、中国における海外旅行ブームに加え、日本や韓国など近隣諸国のビザ発給資格の緩和などその市場は安定して増加する予測。そんな中で、茨城空港への定期便就航を予定する春秋航空や関空就航を目指す成都航空、国内のネットワークが充実している四川航空など、中国のLCCがこの先伸びていくのは想像に難くない。
LCCでよく言われることだが、もともとの顧客を奪うのではなく、新たに飛行機利用客の掘り起こしに成功している。今でも大市場の中国で、新たな市場が掘り起こされたときの数は凄まじいだろう。同じように、インドでもそれは言える。エアサハラをジェットエアウェイズが買収してLCCとなったジェットライトは、いまや庶民の生活路線となっているらしい。
さて、日本における格安航空会社時代。それは、これまで述べてきたアジアで台頭するLCCがこぞって日本へ就航する時代だ。現在、国内唯一のLCC・スカイマークエアラインズをもってしても太刀打ちできないだろう「格安」さに、日本の市場は新しい時代を迎えるだろう。エアドゥやスターフライヤーが全日空のサポートをうけながら経営している現状、LCCの運行範囲内に入った日本は、さて。
成田・羽田で発着枠が大幅に増える。さらに羽田が国際化し、政府は規制を緩和し始める。今の所、日本国内でLCCに最も適する空港は関西国際空港。24時間使えて、騒音問題もそんなにない。あとは着陸料の高さだが、成田と平行してLCC専用ターミナルの話も持ち上がっている。実際、ジェットスター航空(オーストラリア)もエア釜山(韓国)もセブパシフィック(フィリピン)も、関空にいち早く就航した。成田にLCC専用ターミナルができれば、そちらに多くは移動するだろうが、成田以上の何かを提示できれば、関空の生き残る道になるかもしれない。そもそも、羽田の発着枠増で国内線移動は関空→羽田をとれるのだから。
安い航空会社。そんな風に呼び、事故の危険性をすぐに危惧する。そんな時代ではない。そもそも、運行コストを下げつつも、パイロットなどはレガシィ・キャリアより高給で、人材確保を進めているとも聞く。つまり、格安航空会社は、価格感応度の高い顧客を相手に運行する航空会社なのだ。
全日空が親会社とまったく切り離して立ち上げようとしているLCCが、スカイマークよりも安い価格で飛ばせるか。そして、アジア系LCCが日本の市場を席巻する前に、逆にアジアへ打ってでられるか。これからの時代の中で、どう変わっていくか知れない「先」を、柔軟に、そして大胆に変革してもらいたい。
格安航空会社時代。その到来は、利用客にとってマイナスではない。なぜなら、兵馬俑だけ見たいから西安まで夜中に飛んで早朝着き、その日の夜中に帰ってきて往復8000円だった、となると一つの旅のスタイルにもなる。逆に、長距離を飛ぶ時はちょっと贅沢なプレミアムエコノミーシートやビジネスクラスで飛んでみたりして。そういう使い分け。ユニクロと有名ブランド品を組み合わせる「ファッション業界」のような、そういう選択肢が増えることは、旅行者や出張族にとって、メリットが大きい。
お金がないから長距離バスで移動する。そんな客層まで取り入れる空の旅の変革。言うまでもないが、競争激化で安全面をおざなりする自滅の道だけは、どうかとらないで欲しい。
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