宮殿には根っこが生え、葉っぱは幹と枝をもって一枚で「木」になり、紳士は空から降ってくるのです。ルネ・マグリット。ベルギーで生まれ、パリに渡ってシュルレアリスム、そしてブリュッセルに戻って、戦争を体験し、晩年に回帰した画家。現代のアートシーンに、多くの影響(ミスタイプして栄養とでたので、そちらの方がいい気もするが)を与えた彼の、過去最大級の展覧会と聞いて、六本木へ向かった。
13年ぶりのマグリット展。さすがに人気画家だけあって、土曜日の午後は満員だった。大人1人、1,600円の入館料は決して安くない。それでもこれだけの人を集める彼の作品の魅力は、まず入ってすぐの初期作品の章で解る。有名な『水浴の女』で一気にマグリットの世界へと吸い込まれる。『心臓の代わりに薔薇を持つ女』も印象深い。濃紺の壁に、彼の作品はよくマッチしていた。第二章ではシュルレアリスムの時代を。顔を覆い被したままの男女がキスをしたり、頬を寄せ合う「恋人たち」が二枚並ぶ。これらはニューヨークとオーストラリアの美術館に別々にあるので、並んでいるのは貴重だ。『喜劇の精神』はなんだろう、すごくコメディを感じるし、『桟敷席』『ハゲタカの公園』『田園』あたりで足をゆっくりと止め、流れを受け止めてしばらく見入った。
パリからブリュッセルに戻った時代、マグリットが最初に行き着いた到達点で残した作品たちが第三章に並ぶ。もう、体ばっかり見ないで、という『凌辱』は、乳房を目にした〈顔〉。深い意味があるのかどうか、私はプッと吹き出した一枚。他は『呪い』と名付けられた、なんともいえない水色ブルーの空と光り輝く雲の絵。本当に、マグリットは、青空も夕暮れも、どんより曇り空も夜空も、素晴らしく描く。『目』という丸く小さな作品は、ものすごく力があった。『人間の条件』や『終わりなき認識』を眺めつつ、ガツン!と目の覚めるような一枚に出会った。『旅人』と名付けられた一枚は、まるで宇宙に浮かぶ地球。その球体には、ライオンを中心に、楽器やソファーなんかがキューっとなっている。大きさも手頃で本当に素晴らしい。これだけのために図録を買ってもいいと思えるほどだった(ただ、本物があまりにも良すぎたので図録の色が納得いかず・・・。しかもこの作品は個人蔵なので次ぎに見られるかどうか)。そのすぐ後に『空気の平原』と『絶対の探求』が続く。こちらは戦中戦後時代、ヴァーシュ(雌牛)の時代と呼ばれる作品になる。色使いが変わり、なんだか挑戦しているものが多い。展覧会の解説では、この時代のマグリットは、あまり評価されていないとあった。それでも、天井から黒いカーテンが何本も降りて締め切っている『人間嫌いたち』や。『観光案内人』『不思議の国のアリス』などは素晴らしかった。
そして、最後の完成。第五章、回帰。50代になったマグリットが、回帰しながら、新たなものを生みだし完成させていく時代。この章が、流石に一番すごかった。『光の帝国U』や、宮殿から根っこが生えてる『オルメイヤーの阿房宮』『心臓への一撃』(薔薇=心臓というイメージも多い)をみながら、『ゴルコンダ』に対面する。はやり、この作品が一番かな。フライヤーの表紙にもなっているこの作品は、80x100.3cm。なんとも良いバランスの大きさだった。そして、空の色と屋根の色が、絶妙すぎて、なんだかぎゅーっと気持ち良くなる感じがした。色の掛け合いも、独特で、すごくきれいなモノが多いのも、マグリットの特徴かと思う。『旅の想い出』をみつつ、人混みがさーっとばらけるとTwitterが。ではなく、『空の鳥』。この青空もすごくいいが、バックの夜空、特に下の夜の街がよかったりもする。最後の最後、『巡礼者』をみながら、改めて、この画家のオリジナリティに驚く。見たような、例えばダリっぽいとかいう声は、マグリットの色と、ありそうでない発想でノンと言えるだろう。
人混みがすごかった。なので、あまりショップを見てないが、なぜかTシャツやマグカップ、ビールまであった。画家としてだけではなく、現代の〈いろんなもの・ところ〉で通用するデザイン性もまた、マグリットの大きな魅力だと思う。