罪は償えるのか。そんな問題に迫ったドキュメンタリー番組『罪の意味−少年A仮退院と被害者家族の7年−』(2004年放送/関西テレビ制作)を見た。
当時、11歳の土師淳くんが、14歳の少年に殺害され、頭部切断の後、学校の校門前に放置された事件。この番組では、テレビで初めて口を開いた被害者・淳くんの兄、巧(さとし)さんが主人公。二十歳になったという。そんな彼から発せられた言葉に、僕は、収まりのいいところにすっぽりはまろうとしていたことに、改めて気付かされた。
今から8年前(放送当時7年前)の1997年5月24日、神戸市須磨区の友が丘で起きた神戸児童殺傷事件のその後。14歳だった少年Aは、今年(2005年)の元日、少年院を本退院し、完全に自由の身になった。【罪を償い、社会への適応能力がある】という判断の元で。
「もし本当に罪が償えると思っているなら、それは傲慢だと思うし、しょせん言い逃れにすぎないと思ってます。被害者には何の権利もなくて、加害者に対してはすごく守ってくれるという、法律ではそうなってるのはわかってるんですが、やはり法律は正義ではないと思いました。」
「謝罪なんてものは、した者にとって好都合な自分に対する許しみたいなものですから、むしろそれがものすごく不快です。」
カメラの前で話す巧さん。13歳の春、弟と同じ部屋で寝起きし、勉強し、何をするにも、どこに行くにも一緒だったといいます。少し言語発達の遅れていた2歳年下の弟との日々。それが急に、それも同じ中学に通う、同じ卓球部の先輩によって壊された。
少年A。社会はこの残忍な事件と挑発的な展開に、映画のような、グリコ森永の怪人二十一面相のような、どこか興味深さを覚え、マスコミはその世論を背景に、パパラッチと化した。少年Aは全勢力をかけられ、その矯正の道がひかれ、一方で、被害者家族は、二重の被害を被った。世間に家族構成や顔写真が公開され、家の周りにカメラやマイクが並ぶ。13歳、小さなからだと心の中で、弟を失った悲しみと、犯人である先輩への憎しみ、なんで自分たちがこんなカーテンを閉め切った家にいなくてはいけないのかという疑問、そんなモノが一緒にやってきて、混乱する毎日。
「何も考えようとしなかったし、それと同時に、すごい何かごちゃごちゃとしていて、ただ気分がすごく悪くて、何をしていいかわからなかったし、未だに思い出せないぐらい、感情が渦巻いていた。ただ、つらかっただけとしか言いようがない。」
当時を振り返って巧さんはこう語る。
罪など償えない、謝罪なんてものは、した者の都合のいい許しだ。静かに語る巧さんの、この強烈な言葉。そこには、現実の、実際の、生の、生きた感情が溢れていた。
罪。もちろん、少年Aに対して発せられた言葉なのだろうが、一方で、巧さんは、自らにも罪があると答えている。
「自分は、あの時何もできなくて、これまで何もしてこなかったので、何もできなかったので、正直なところ一生償えないと思います。罪の意識があったほうが、弟の思い出は消えないので、自分でも罪は償えないと思います」
「あの時、今更なんですけど、祖父の家に一緒に出かけていれば、もしも自分がちゃんとしていればと、どうしても思ってしまうので、自分が守ってやることができなかったので、まぁ、そこが自分の罪だと思ってます。」
(そんな風に思っていることを家族に話したことはありますか?)
「話したことはないけど、家族全員がそう思っているとおもいます」
事件当日、弟の淳君がおじいちゃんの家に行ってくるといい、家を出ようとする。巧さんは、玄関まで見送り、「自分も行こうか」と考えたという。が、中間試験期間中だったので、「気をつけて行ってこい」と送り出した。
そして、「おかえり」が言えないままになっている。
少年Aは顔見知りだった淳君をタンク山に誘い出し、殺害。頭部を自分の部屋の屋根裏に隠していたという。そして、早朝、それは挑戦状とともに友が丘中学の校門前に置かれた。
少年凶悪犯罪の試金石とも言うべきこの事件は、少年Aの本退院という形で幕を閉じた。
僕ら社会の中に帰ってきたのだ。「おかえり」。はたして僕らは彼にそういうことが出来るだろうか。被害者にとっては、先述の巧さんの言葉通り、少年Aは「おかえり」と言える対象ではない。が、少年犯罪にとって、あくまでも地域・コミュニティが最期の砦であり、最も重用視すべきだと考える僕にとって、僕ら社会は、少年Aに「おかえり」と言ってあげらる関係でなければならないと考える。それは、優しく包み込むのではない。「おかえり」の言葉もかけてあげられないような無関心ではなく、しっかりと関係を持ち続ける必要があるということである。
奇しくも今、出所後の犯罪者の問題が多い。性犯罪者の出所後の居場所を地域に伝えるべきだという「ミーガン法」の適応問題、出所後、行き場を無くしてスーパーで生後11ヶ月の赤ちゃんを刺殺するという事件。犯罪者が罪を償って社会に戻ってきても安心できない、そんな極端な意見に走ってしまう人が出てきそうな事件が続いている。
罪を償う。それは、償えるのではなく、一生償うものであり、償おうとする気持ちにまでさせるのが刑務所(少年院)の役割である。僕はそう思う。
被害者ではない僕のこの意見はきれいごとなんだろう。だが、ほとんどの人が当事者でなく、明日は我が身かもしれないという立場に置かれた地域人だ。だから、そんな奴は終身刑だ、と突っ走るのではなく、刑務所で罪を償うための精神状態になった者に、「おかえり」と言葉をかけて関係を持ち、そして、その犯罪者が一生、出所時と変わることなく、その気持ちを持ち続けられるようにさせることが大切なのではないか。
僕らは今、そんな社会で生活しているのだ、という現実・・・。悲しいと言うべきでしょうか?
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