TAKAYAMA JINYA
高山陣屋
@ 高山市(岐阜)
2023年4月9日(日)
江戸時代、徳川幕府の直轄地だった飛騨で、
お代官様が政治を行った場所が、この陣屋だ。
全国でも、残っているのはこの高山だけとあって、
日本人のみならず、外国人の観光客も非常に多い場所となっている。
まず、玄関を入って目を奪われるのが、大床に描かれている青海波。
海のない高山で、波を描いたのには意味があったような気もする。
とにかく、この文様が素晴らしい。
この波模様は、玄関へと続くアプローチの横にある砂場?にもある。
そして、館内の至る所にある釘の頭を隠すための装飾、真向兎。
先述の青海波と真向兎は、現代でも通用するほどデザイン性が高い。
このうさぎ、当時はとても縁起のいいデザインだったらしく、
魔除けの意味合いもあったという。
4月も中旬に差し掛かる時期に訪れたが、まだ足元は寒く、
当時(江戸時代)は相当寒かっただろうな、と思いながら、館内を歩いて回る。
時々のぞく庭がどこもホッとするような和の光景で、思わず立ち止まって見てしまう。
玄関を入って右側には、役人の「仕事場」が続く。
そこから屋敷へと抜けていく。
屋敷から見た庭は、なんとも静かでよかった。
居間から嵐山の間へと移動しながら、廊下の欄干についつい目が行く。
代官(郡代)が生活した部屋の嵐山の間から見たの庭が、中でも美しく、
特に視界の奥行に吸い込まれそうにもなる。
木々のバランス、緑の広がり、広い空。
当時、お代官様は、ここからどんな日本を見たんだろう、と想像が膨らむ。
女中部屋から台所へと抜けるあたりは、
この陣屋がそうとう立派な役割であったことを感じさせる。
膝をつくところに1畳分の畳があって、
これは厳しい冬を乗り切る知恵かな、と。
ここは天井も高く、大きさを感じるところだった。
印象的なのは、取り調べを行ったり、判決を言い渡した場所、御白洲。
陣屋内に2つある。
特にインパクトがあるのは、
罪人に罰を与える拷問用の道具。
現代なら人権問題になるような道具の数々に、想像しただけで痛くなる。
そして、個人的に一番よかったのが大広間。
広すぎないそれは、空間としてのまとまりがよく、
華美になならない美を持った空間が広がっている。
「考」と「忠」の掛け軸が、墨バックに白文字でかっこいい。
朱色の襖のヘリも、いいアクセントになっている。
その後、いろんな蔵を回って、資料展示を見たり、鎧兜を見たり。
米俵が積んであるディスプレイは、よく考えると「初めて」の光景だったような。
土足禁止の館内を歩いていると、足もとから冷えが襲ってくる。
そんなところも含め、江戸時代にタイムスリップしたような感覚を存分に楽しめた。
この高山陣屋は、京都にあるような歴史的建造物にはない、
なんとも人間の生活感がにじみ出る場所だった(当時は、偉い人しか入れなかった場所だが)。
国指定史跡、高山の陣屋。ここは、写真では伝えきれないほどの独特の美があった。
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