マルティン・ルターの三大書物
(すべて1520年)
「ドイツ国民キリスト者貴族に与える書」
「教会のバビロニア補囚」
「キリスト者の自由」

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16世紀のヨーロッパ、あまりにも有名な宗教改革の時代、
ドイツ人修道士・マルティン・ルターの言葉。

大学まで法律家を目指し、名門エルフルト大学に入学した
ルターは、シュトッテルンハイムの雷鳴が神の啓示だと考え
修道士として生きることを誓った。修道院に入ったルターを
支えたのはシュタウピッツという男で、彼は権力も風格も
そしてザクセン選帝侯との人脈も持った良き助言者だった。
ルターの師であった。厳格な実父(ハンス)よりも話を聞いて
くれる彼を敬愛し、シュタウピッツもまたルターの才能を早く
から見抜いていた。ヴィッテンベルク大学の講師に抜擢の他、
修道院での出世も早かったのは彼の推薦があったからだと
言われている。
「免罪符販売」など当時のキリスト教会の実態に嘆き、宗教
改革を進めようとしたルターはローマ教皇との訣別に至り、
本格的な論争へと向かう。そんなおり、年老いた心の師・
シュタウピッツはルターには協力せず、ドイツから離れて
隠居生活に入った。ルターは師も一緒に戦おうというが受け
入れられず、そんな心境を表したのがこの言葉だと言われ
ている。弱さをぬぐえぬ者の力は、ずっとその奥に隠れて出
てこない。つまり、弱さの蓋を開けることができるものが
「強い」のであり、力とは強者にも弱者にも、ある。

力は弱さの下に隠されている