原作の段階でかなり話題になったストーリーを、中島哲也ワールドで映像化した作品。これだけのキャストが集まり、これだけの世界観を作りあげるあっぱれな出来であることには間違いがないが、好き嫌いの別れる作品でもある。
大袈裟なほどの汚さ、騒々しさ、飲み物はもれなくこぼれながら飲まれ、テーブルも部屋も車も死体も何もかもが乱雑。冒頭、「死んだほうがマシな人間が死んだ」という葬儀のシーンから静かに始まり、すぐに音と雑音の中へ。この世界観。目をそむけたくなるような現実を、デフォルメするようにフォーカスを変えながら醜く表現していく。
この演出が、最後にグッーっと結びついて、なんとも形容しがたい気持ちのうごめきを生み出す。本音の建て前。生きることのリアル。逃げて、見捨てて、目を背ける「いつも」を生きるうえで、〈時には〉、懺悔の眼差しでとらえる視界。
ハンディキャップという言葉よりも、障がい児という言い方がぴったりくるような、そのリアル感。彼らを映し出す手法が、中島哲也の中島哲也たる所以である、と思わせる。絶妙だ。
前半の激しさ、荒々しさ、演技の大袈裟さに、正直、疲れてしまう感もある。(完全に個人的なことだが、ここ最近、韓国ドラマの、超がつくほど爽やかな学園ものばかり見ていたから、余計にそう思うのかも知れないが) そこを一つのハードルとして、それを超えてからの怒涛。新宿バルト9の、スクリーン4の小さな劇場内、最後列の、私の2つか3つ席を空けたお隣の女性は、そのハードルを越えていこう、つまりは後半に入ってからずっと、すすり泣いていた、その音が聞こえていた。
感情が揺さぶられる。宮藤官九郎が、尾行に気づき、居酒屋で飲んだ後から、佐藤二朗が黒木華に近づき交渉していた内容が分かった頃から、そして、最期を迎える件も含めて。あらすじでも紹介されているように、9年間、誘拐した子どもを育てた男の逮捕にまつわる物語だが、ここに関連している人すべてが、懺悔を。
映画の始まり、懺悔とは、という言葉の意味が示される。それをかみしめながら、エンドロールを見つつ、良い映画だったと、頭の中がぐちゃぐちゃになった。
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時には懺悔を
The Brightest Sun
2026年(日本)
監督:中島哲也
原作:打海文三
出演:西島秀俊、満島ひかり、黒木華
宮藤官九郎、鈴木仁、柴咲コウ
役所広司、佐藤二朗、役所広司 他