二つの「コミュニティ」には、それぞれに閉塞感や倦怠感、ある種「当たり前」として受け入れた諦めのような通例があって、それを「事故」が巡り合わせ、混じり合って溶け合った。一言で言えばそういう作品だ。

エジプトはアレキサンドリアの警察音楽隊。厳格な団長トゥフィークは、若い隊員カーレドの素行が気にくわない。一方では、5年も警察学校に通って、このまま「あんな」団長について行く気のないカーレド。隊員たちは、どちらの言い分も分かるのだろう、お互いをなだめ、自分を騙し、そうやって今までやってきた感がにじみ出ている。

冒頭、迎えの来ない空港で、取り残された警察音楽隊。プライドの高いトゥフィークは大使館の助けはかりたくない。なんとかして目的地である「アラブ文化センター」へと行こうとする。依頼のあった演奏日は明日。バスターミナルであれやこれやと奮闘する団長。それを心配そうに見守る隊員。カーレドは、そんな状況下でも土産物を眺めたり、若い娘に声をかけたりしている。

やっとバスに乗り込む一団。チケットを買ったのはカーレドだった。
そして、何もないど田舎で降ろされる羽目になる。

辿り着いた場所は、ホテルもない田舎町。一軒の小さな食堂で、「アラブ文化センター」はどこかを聞くと、店主のディナはいう
「ここには、アラブも文化もない。そんなセンターもね」。

この音楽隊が辿り着いた町。そこは、ネオンもなく、騒音もない、静かでいい町。だか住んでいる者には退屈で「ロマンス」もない場所だった。

一度は食堂を後にして歩き出す一団だが、カーレドの「空腹だ」発言に、隊員たちは無言の賛意を示す。仕方なく、食堂へ戻り、食事をし、寝床をあてがって貰う。一団は、食堂とディナの家と、常連客イツィクの家に分かれて泊まることになる。

そして、二つの別々のコミュニティが溶け合う夜へとストーリーは進む。

ディナは不倫相手がよく通う店へトゥフィークを誘い、カーレドは女性未経験の若者に恋の手ほどきを。夫婦仲が悪い失業中のイツィクは、音楽隊員たちとのぎこちない会話の中で、小さくてもほのかな明かりが灯り、赤ん坊がすやすや眠れる「エンディング」を、なかなか指揮者になれず自作の曲の完成しない副団長?に提案する。

全体的に、とても静かな、それでも深い「雰囲気」を醸し出している。

この一夜が変えたものは。何か大げさな「変化」ではなく、言ってみれば「今置かれている立場を認識して、そこに【小さな灯り】をみつけること」だったに違いない。息子と妻を失い、それをおそらくは自分で認めてこなかったトゥフィークが、カーレドの吹くチェット・ベイカーに理解を示すように、「アラビック・ロマンスに憧れる」ディナに、「君は素敵だ」と言うように。

お互いを認め合い、初めて「手を振り」別れることのできる朝が来る。

『ああ、私の夜よ
私の心が解き放たれていくよ
永遠に光り輝く
真夏の太陽の下で
忘れ去られた日々が
美しく甦るよ
2人の過去の思い出が
孤独の甘い日々が
もし人生がもう一度あるならば
一瞬たりとも変えたくないよ
この すばらしい日々を
明るい光が地に満ちて
私たちのよい心が生み出していく
恋に焦がれる気持ちを』

ラストシーンで音楽隊が奏でる歌は、迷子になって訪れた町の、出会った人々との間で溶け合った何かが、それまでの「音楽隊」の中のわだかまりを消し去った、、、かのような演奏だった。


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迷子の警察音楽隊
THE BAND'S VISIT
2007年(イスラエル/フランス)

監督:エラン・コリリン
出演:サッソン・ガーベイ、ロニ・エルカベッツ、サーレフ・バクリ、
    カリファ・ナトゥールほか