深く重いテーマだが、松尾スズキ監督の持つ、なんとも緩い感じがこの映画をより魅力的にさせている。
まず、クワイエットルームという隔離部屋を設定する。そこは、手と身体と足を五点拘束された真っ白い空間。とても静かな所。もっと言えば、閉鎖病棟の中でも「特別」な場所だ。
そんな部屋へ「ようこそ」とするタイトルに、意味を感じる。
正常だと思って日々暮らす「誰もが」陥る異常の世界。それは、もしかすると、正常だと思っている「だけ」かもしれないという現実。ここで、クワイエットルームという空間に閉じこめられ、自分を見直すことは、惰性的に進んでいく生活に「一呼吸」与える、言わばチャンスだと。そう考えると、正しく、「ようこそ」なのだ。
先述のように、この映画は「正常って何?」ということを真正面から突いてくる作品だ。一人の女性の紆余曲折、山有り谷有りを描いたと言えば、「嫌われ松子の一生」を思い描くが、それに近いとも遠いとも言えないので、全く別物として考える。また、精神病患者の閉鎖病棟が舞台というのは、ジェームズ・マンゴールド監督の「17歳のカルテ(邦題)」を思い出すが、それとも一線記して述べたい。
佐倉明日香という28歳のフリーライターの視点から描くストーリー。彼女は、モデルをしており、その時に知り合ったゲーム・プログラマーと結婚。その夫の「つまらなさ」に嫌気がさして離婚。子供も堕ろしている。
一人になって、稼ぐため風俗へ。そこで売り出し中の放送作家・てっちゃんと出会う。明日香の両親は、「売春婦」として彼女を勘当する。彼女は、この結婚・離婚の間に「不眠症」を煩う。これは病気だ。元夫の自殺。「残念だ」と書き残して死んだ元夫。彼女の中にトラウマとして残る、「蕁麻疹」のでるような元夫の姿(これは映画を見れば分かる)と、残念な女と言われた衝撃。放送作家・てっちゃんと暮らすようになっても、睡眠薬に頼り、酒を飲み…。堕落した生活が続く。
ある日、明日香の父親が死ぬ。勘当されているので葬儀には行けないが、仏壇を送ることにする。てっちゃんの知り合いに頼んで送った仏壇は、大きすぎた。そして送り返され、仏壇の処理に困って、てっちゃんが「ソリッド」な感じにするため銀色に塗って……。
目が覚めると、クワイエットルームにいた。
映画はそうやって始まる。上記のような顛末の末、彼女は、オーバードーズ(睡眠薬の過剰摂取)によって、強制入院させられるのだ。ゲロにまみれ、リースされた変なスエットを着て。
精神病患者の閉鎖病棟には、様々な患者がいる。過食症、拒食症、頭に火をつける女、点滴のカロリーを気にしてウォーキングする女などなど。特に、「娘」に勘当された元AV女優の女(大竹しのぶ)や、自分が一食たべた分、世界のどこかの価値のある誰かの食事が一食へってしまう、そんなシステムに気づいて食べられなくなった女(蒼井優)は印象深い。拒食症の女は言う、「私がたべないのは、意味があることなんだよ」と。さらに、「わたしは、まともなのにここにいる。システムが悪いだけ」と。この辺りも意味深い。
恋人・てっちゃんとの関係と、病院に運ばれてきた日の事実が明らかになるにつれ、明日香は自分で自分が嫌になる。
彼女は言う、「これ以上めんどくさい人間になるの、嫌なんだ私」と。
退院が決まった日、恋人から退院の申請が必要だった。
明日香は、てっちゃんの本音を手紙で知っていた。「重い女」といわれた。「鬱陶しい女」だと思われていた。そんな彼に最後のお願いをする。
※ちなみに、大竹しのぶが叫ぶ、「生きるって重いことよ」という言葉は素晴らしかった。人のものを盗み、それを与えてお金を請求するあくどい女を演じるが、大竹しのぶの演技はさすがだ。「お金のことってちゃんとしたいの。お願いね、返してね、発展途上国じゃないんだから」というセリフは、もう完全に松尾スズキワールドだった。
てっちゃんは、なんでも面白くできるひと。
自分に起こることも過去も全部。
それができない自分は、鬱陶しいおんな。
そう思う、と明日香は感じる。そして、てっちゃんから直接、「鬱陶しいんだよ」という言葉を聞き、別れる。
ラスト、明日香はクワイエットルームで語る。
「静かだ とても
それでも 世界が動いているのが分かる
銀の靴を取り戻した私は
高校生のときに演じたドロシーみたいだ
かかとを三回ならしたら、どこへ帰れるだろうか
たぶんどこへも行かない
私は、神様に居場所を選んでもらうため薬をのんだ
そして、クワイエットルームにたどりついた
それ以上でも以下でもない
最高に面倒くさい女が着地するべき正しい場所に
ただいるのだ
ようこそクワイエットルームへ
私は、そして、生きている。」
14日間。閉鎖病棟での暮らしを終え、明日香は退院する。別れの時に書かれた患者たちからの色紙も、似顔絵も、先に退院していった女のアドレスも、みんな一緒に捨ててしまって。
新しい人生のスタートを切る。
ぼくらは、もしかすると徹底的に異空間に放り込まれない限り、それが強制的で拘束的でないかぎり、人生をリセット出来ないのかも知れない。
リセットしなければ、ならない状況だと言うことすら、気づかないままに。
それを思うと、この映画がとても素晴らしいものに余計と思えてくる。
→ CinemaSに戻る
クワイエットルームにようこそ
2007年 (日本)
監督・原作・脚本:松尾スズキ
出演:内田有紀、宮藤官九郎、蒼井優、りょう、大竹しのぶ、妻不木 聡 ほか