小さな劇場の、ぼくの隣の見知らぬ女性が、一緒に来ていた人に話していた言葉が印象的だ。「オールスタンディングの映画館があればいいのに!」。前の席の男性は、上映中ずっと頭を小さく振りながらリズムを取っていた。そういうぼくも、コンガのリズムに合わせたり、ブルースの音色に酔いしれたり。見終わった後の高揚感は、これまで見た映画の中でも一、二を争う。

この作品は、「ザイール'74」と銘打たれた伝説の音楽祭の模様を追ったドキュメンタリー。長いこと語られてはきたが、その全貌が明らかになっていなかった模様を、お蔵入りしていた膨大な貴重映像を元についに公開した!のがこの映画だ。

ザイールの映像とニューヨークの様子が、本編開始から交互に映し出される。後に「キンシャサの軌跡」と呼ばれるモハメド・アリ対ジョージフォアマンの世界タイトルマッチを仕掛けたドン・キングが、ウォルドルフ・アストリアホテルで行われた記者会見の中で発表する。「すばらしい企画を考えました。スポーツ史に残る試合を盛り上げる音楽の祭典です。黒人を代表する名だたる面々が出演します。キンシャサのスタジアムで9月20日からです。その3日間の模様は映画化を予定しています。ソウルの帝王、ジェームス・ブラウンを始め……(字幕より)」。隣で聞いていた記者会見上のモハメド・アリも本当か?と驚くシーンだった。アフリカ系アメリカ人ミュージシャンと、解放運動のために戦い続けてきたアフリカ人ミュージシャンたちの競演。ジェームス・ブラウン、B.B.キングをはじめ蒼々たるメンバーが、ザイール行きを決める。

当時のアフリカが、アメリカ人にとって未開の地であったことは、モハメド・アリのインタビューでも分かる。インタビュー中、彼は腕にとまったハエを叩こうとする。アリの「パンチ」をいとも簡単によけて飛び立つハエ。アリは言う「ここのハエは速い。アメリカのハエは怠け者。食べ過ぎなんだ。ここのはハングリーだ。だから素早い。・・・コンゴはジャングルで凶悪な野蛮人だらけだと思われてきた。殺人、麻薬、レイプに強盗、ニューヨークの方がよっぽどジャングルだ・・・」。

そんなアフリカの地へ向かうミュージシャン達たちの、興奮したシーンが本編では続く。移動中の機内は、飛行機が傾くぞ!と思えるほどの賑わい。「自分のルーツ。アフリカという地」。彼らにとって、当時、いかに「特別」だったかがうかがい知れるシーンだ。同時期、キンシャサのコンサート会場では設営作業が進んでいた。スポンサー探しに手間取っては、当時のザイールという国が「コントラクト(契約)」通りには進まない状況下で、国と興行主との交渉がギリギリまで続く様子を伝える。

その間にモハメド・アリのインタビューがいくつか差し込まれる。彼のラップの如く矢継ぎ早に繰り出される言葉のパンチも、実に音楽的というか、なんてメッセージ性が強いんだ、と関心する。ソウル(魂)のこもった言葉だからこそ、だろう。この映画の、「もう一つ」の顔として、アリのインタビューや朝食風景、スパークリングは、なかなか興味深い。

キンシャサの町の普通の暮らしの様子と設営現場での混乱を交互に見せつつ、無事にキンシャサに到着したスーパースターたちを迎える熱狂ぶりへとシーンは移る。アメリカで活躍するアフリカン・アメリカン。それもスーパースターだ。スタジアム(コンサート会場)に駆けつけた人たちだけではなく、町中にもその興奮は渦をまく。町に飛び出したミュージシャンが、子供達と戯れるシーン。初めてみるのだろうか、管弦楽器をものめずらしそうに眺めていた子供達が、うち解けるのに時間はかからない。根底を流れる「同じリズム」。それに合わせて歌い踊る子供達。なんとも、素晴らしい光景だった。ビル・ウィザーズの、この時のインタビューもまた印象深い。

「今回持ち帰って来たのは ここを去った時に持って行ったものと 米国に数百年住み身につけたものだ 元の形は同じだが 他国の影響を受けて戻ってきた アフリカの音楽はこの環境で発展した それぞれ違う場所で違う側面が進化したんだ それが今 故郷で再び出会う 何かを得てアメリカに帰る気がする それは何かって? 布地など みやげ物じゃないね このフィーリングだよ」

結局、ドン・キングが発表した日程よりも一日遅れ(ザイールの大統領が決めたということで)、1974年9月21日から23日までの3日間。21組のアーティストがステージに立った。ジェームス・ブラウンは、22曲を熱唱。そんなSONG/SET LISTを見ながら、にしては、映画本編でライブ映像が少ないなぁ、とそこだけは少々残念だ。

ザ・スピナーズは「One Of A Kind (Love Affair)」を。「かけがえのない愛は 喜びも悲しみも経て 小さな犠牲や我慢は すべて この愛のため」と歌い上げる。そしてビル・ウィザーズがバラードをしっとりと聞かせ、ミリアム・アケバはThe Click Songを。彼女は言う、「この歌を歌うと聞かれます、あの音はどうやって出すの?って。音ではなく私の母国語です、と怒ります、、、」。そして、B.B.キングが圧倒的なギターパフォーマンスで「The Thrill Is Gone」を魅せ、ぼくが一番感動したダニー“ビッグ・ブラック”レイのパフォーマンスが始まる。コンガを打つ彼の両手が、大袈裟ではなくぼくの心像をダイレクトに叩きつけ、ガンガンと揺さぶってくる。なんて演奏だ!と夢中になった。最後はジェームス・ブラウン。大きく又を開いて倒れ込んだかと思うと、すーっと立ち上がってシャウトする。JBならではのパフォーマンス。脂ののりきった絶頂期の彼の声!歌!踊り!魂。「もう止められない!動いて 動いて ノリまくる。欲しいものは“ソウルパワー”」

ジェームス・ブラウンは言う、「俺達は“帰る”のではなく 元から“居た”のさ」と。脈々と引き継がれた「リズム感」は、アフリカという場所にあった。それをアメリカという場所で成長させた。ビル・ウィザーズの言葉を借りれば、フィーリング。同じ感覚がルーツであり、その上に咲かせた大きな華だったりもする。I am somebody。おれは、れっきとした、人間だ」。

JBが叫んだ最後の言葉に、アフリカ系アメリカ人と、アフリカ人の、なんというか同じ「ルーツ」を見たような気がする。


36年前の、夏の終わりの9月の、その映像から、これから「先」が見えたような気にさせてくれる一本だ。


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ソウル・パワー
SOULPOWER
2010年(アメリカ)

監督:ジェフリー・レヴィ=ヒント
出演:ジェームズ・ブラウン、B・B・キング、ビル・ウィザース、ザ・スピナーズ、セリア・クルース、ミリアム・マケバ、モハメド・アリ、ドン・キング他