“Next stop is the moon”
スペースシャトルが主流で、目的地が「宇宙ステーション」となっている昨今ではあるが、この映画はあくまでも、月に向けて打ち上げられ、その「月」は停車駅に過ぎないとするアポロ計画のお話だ。1961年5月25日、ケネディ大統領は国会で「国を挙げて1960年代中に人間を月へ着陸させ、無事に地球へ帰還させる」と演説する。折しも宇宙開発ではソ連に先を越され、そしてベトナムでは泥沼の戦争をしている時代。国内情勢が混沌としている時、国民の目を「外」に向けさせるために外国と戦争をする、と歴史は教える。それを引くなら、このアポロ計画も「地球」から、目を「宇宙」に変えさせるためのものだったのかも知れない。しかし、月へ降り立つ。この大きなロマンにアメリカ中が、そして日本も含めた世界中が注目していたのは、映画を見ても分かる。

映し出される映像が、ドキュメンタリーであることに驚嘆するし、同時に飾りすぎない編集の仕方が、極上のエンターテインメントになっているところに、この映画のすばらしさを感じる。

アポロ1号の事故、そして7号での初の有人飛行成功。「月」という壮大な目標までにクリアすべき問題が多いことを冒頭から述べられる。月に行ったらどうなるか、それを誰も知らない。巨大なロケットの細部を、精密機械のごとく組み立てていく。船長、司令船パイロット、着陸船パイロットの3人の宇宙飛行士たちは、技術開発から加わり、試行錯誤を繰り返す。地上での訓練中、コックピットに閉じこめられ、火花の発生から火災になり訓練生が死亡するという事故、ロケット打ち上げ寸前の爆発、打ち上げられてから安定するまでの間での爆発。アポロは、初めからうまくいった訳ではない。映画に登場するアラン・ビーン(アポロ12号で月面着陸)は言う「ロケットなんて怖い乗り物以外なんでもなかった」と。

そして、アポロ11号。船長のニール・アームストロングは冷静沈着、どんな時にも自制し、コントロールできる人だったらしい。朝いちばんの訓練で、コントロールを失った戦闘機から脱出したことがあり、そんな大ピンチも、センターに戻ってから「あぁ、今朝、脱出したよ」と軽く答えたという。

1969年7月16日。月に向けて打ち上げられたアポロ11号は、3日間かけて月まで行き、20日、月面に第一歩を刻む。その様子を緊張しつつ追うシーンは、なんとも言えない。

「月へ向かう間、ずっと太陽の光に照らされていたのが、ふいに闇に包まれた。我々は月の影の中にいたんだ」

月面の着地地点は「静かの海」。アポロから切り離された着陸船「イーグル」が、フラフラと安定しないまま月へ降りていく。エラーコードが何度もなる。地上の管制塔との交信。このエラーの意味を教えてくれ、とアームストロング船長の声。管制塔も、エラーコードの意味が分からない。それでも着陸を続行せよ、という地上からの指示。アームストロングはそれに従う。そして「イーグル」は、岩やクレーターを避け、砂地の月面に着陸した。固唾を呑んで見守っていた人達の歓声。衛星中継されたその白黒映像は世界中に流れ、ヤンキースタジアムでも試合を中断して知らされた、東京の街角では「バンザーイ」と両手を挙げる男性がいた、パリでもサングラス越しに笑顔の女性がカフェで喜んだ。そんな一瞬が、あの日、確かにあったことを映画は伝える。

イーグルのハッチが開き、アームストロング船長が9段の梯子を下りる。一歩ずつ、ひとつずつ。そして、着陸したとき、あの「一人の人間にとっては小さな一歩だが、人類にとっては大きな飛躍だ」(字幕より)という名言を残す。続いてバズ・オルドリンが月面を踏む。彼は、最後の梯子から両足で飛び降りるようにして、月面に「着地」した。星条旗を月面に立てる。これはミッションの中でも、最後の方にきまった事らしく、これを「強引」にやらざるを得ない時代背景だったのかと思ったりもする。

今まで、たった12人。これだけの人間しか月面を踏んでいない。アポロに乗って月まで行きながら、月面を踏めない司令船パイロットを含めると、18人。その中の10人のインタビューを軸に進められるこの映画は、言葉の一つひとつが重い。

「ベトナムで同胞が戦争をしているときに、こんなことをしていていいのかという罪悪感があった」
「月面は荒涼として、何も無い。それに比べて地球は宇宙の中の"オアシス"だ」
「遠く離れた月で親指を立てると、親指の裏に地球が隠れる。全てが隠れる。我々はなんと小さな存在なのだろう」

そして、最も有名かつ、このアポロ計画の主役ともゆうべき人物、ニール・アームストロングの沈黙。彼は、この映画を制作する段階で、インタビューに応えることを拒否したわけではないというが、結果として、カメラの前には現れなかった。静かに暮らしたい。これが、彼の出した答え。宇宙飛行士は、特に、初めて月面を踏んだ彼は、全世界で賞賛され、地球にもどってからも世界中を凱旋した。その「騒動」が終わったとき、月だけを目指した者たちのその後は、やはり、「空白」や「空虚」というものに襲われ、人生を静かに、もしかすると抜け殻のように暮らして行かなければならなかったのか。それこそが、もう一つの真実というか。

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最後に、この映画の中で、ぼくが個人的に最もハッとした映像。それは、月面着陸したイーグルが、月面から飛び立つ時、着陸船の側に立てた星条旗が大きく揺れ、砂地が舞い上がったあの映像は、なんというか、とても驚きだった。風の無い月面、彼らの足跡は消えることはない。そんな月面から、噴射された風。あの時巻き上げられた砂は、地上の6分の1のスピードで落下するのか?それともそのままどこか遠くへ上昇するのか。
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今、月へと再び目を向けた「宇宙計画」。それを前に、このような完全型とも言えるドキュメンタリー映画が作られたことに感謝すらする。

劇場の大スクリーンで、高品質な音響で、見るべき作品だと思う。


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ザ・ムーン
IN THE SHADOW OF THE MOON

2007年(イギリス)

監督:デヴィッド・シントン
提供:ロン・ハワード