5年前の2001年9月11日火曜日。会社から帰宅してテレビをつけると、ワールド・トレード・センター北棟から煙りがあがり、アナウンサーは「事故なのか、事件なのか」とただ繰り返し、CNN提供の映像を流していた。テロという言葉は慎重に避けられていたのを覚えている。

そして、南棟への激突。その瞬間をテレビは捉えた。
思わず、「映画みたいだ」と頭の中を駆けめぐった自分の言葉が、今から思えばゾッとする。

あれから5年。

映画のような狂気な「事実」が、映画となった。
あの日、ハイジャックされた4機のうち、唯一目標に達することなく、午前10時3分、ペンシルベニア州シャンクスヴィルに墜落した飛行機、「ユナイテッド航空93便」。
あの機内で、何が起こっていたのか、全員が死亡した乗客乗員は、どんな最期を「闘ったのか」。この映画は、その事実を、事実のままに見せてくれるドキュドラマだ。

監督のポール・グリーングラスはキャストを重視した。航空管制センターや管制官、乗客やCA、パイロットに至るまで、ほぼ現実に近い形で再現している。そして、遺族の言葉や残された資料から、あの日の、あの機内の、あの、勇敢な乗客をありのまま描いた。
その姿に、ぼくは胸が締め付けられた。

I love you. / I love you, too. / Thank you..... and good by。

泣きながら、頭を抱えながら、小さくとも力強い声音で、、、乗客達は「最期」の言葉をコールした。そして、手にフォークやワインボトルを持って四人のテロリストに立ち向かう。

ふと、思った。乗客の中で唯一の日本人だった久下季哉さん。大学二年生の彼が、あの超異常事態の中で、どれだけ状況を把握していたのだろうか。よく似た状況になることが多いぼくは、その事を想うと余計に胸が詰まる。ナイロビからヨハネスブルグに飛ぶ飛行機で、停電になったことがある。悲鳴が上がり、走り回るCA。コックピットからは現地語と英語の早口の説明がなされるだけ。ぼくはただ一人の日本人乗客だった。パニックの中での言葉の壁は想像を絶するほどに分厚い。彼も、高度を急激に下げ、乗客の何人かが刺され、爆弾を巻いたテロリストが叫ぶ声を聞きながら、日本に電話をすることもおそらくは出来ず、ただ、じっと、状況を把握しようと努めていたに違いない。冒頭、朝食の後にコーヒーを頼む彼の姿が、映画の中でも登場していた。そんな普通の、いつもの機内が、、、惨状と化し、男達がテロリストへと突進していく。想像を超えないが、その中に彼も参加していたのだろうか。愛や勇気や正義や神や。アメリカ人ほどには持ち合わせていない日本人にとって、それでも、彼を「立ち向かわせた」のだとすれば、やはりあの乗客達は名誉だ。

コックピットを突き破り、操縦していたテロリストにつかみかかる乗客達。彼らは、最期まで諦めていなかったのだと言うこともこの映画を見て始めて知った。立ち向かった乗客の中に操縦士(ジェット機ではないが)がいたのだ。テロリストから飛行機を取り戻し、そして、生きようとしていたのだ。「俺たちがやるしかない。誰も助けには来ない」。現に、軍の上層部が、このユナイテッド93便がハイジャックされたことを知ったのは、墜落して4分後だったという。

ぼくは、WTCの消防士や、このユナイテッド93便の乗客を「英雄視」して、一種エンターテイメント化することに反対だった。隣のスクリーンでは「スーパーマン リターンズ」が上映されていた。まったく別種の、リアルな人間の、死であるのだと強く思っていた。

しかし、この映画を見て、改めてその質の高さを目の当たりにすると、ずっと、残していくべき作品だと思った。ぼくは、一面田園が広がる大地に、真っ逆さまに墜ちていくコックピットからの映像を、絶対に忘れない。そして、この9.11テロという、許されない行為も。
心からご冥福をお祈りします。



→ CinemaSに戻る


ユナイテッド93
UNITED 93
2006年 (アメリカ)


監督:ポール・グリーングラス
出演:バリド・アブダラ、ポリー・アダムス、オパール・アフディン 他